Monthly Playlist 2026.7
ジョニ・ミッチェルとノラ・ジョーンズ
和声が描く景色とジャズの交差点
音楽を聴いていて、その背後にある物語や詩、思想がまるで映画のワンシーンのように浮かび上がってくる瞬間はないだろうか。今回の「渾身のプレイリスト」は、世代もスタイルも異なる二人の稀有なアーティスト、ジョニ・ミッチェルとノラ・ジョーンズを取り上げる。一見接点の少ない二人に共通するのは、ジャズという言語を独自に昇華させ、圧倒的な映像美を音で描く力だ。
ジョニの変則チューニングが描く「解決しない広大な空」と、ノラの引き算のピアノが紡ぐ「親密で温かな室内」。そして、ウェイン・ショーターやブライアン・ブレイドらジャズ・ジャイアンツたちとのアプローチの仕方の違い。ピアニストの視点から、二人の和声感がつくる景色と、世代を超えて響き合う音楽的バックボーンを探る。
1. ジョニ・ミッチェル / Amelia / Hejira(逃避行) / 1976年
ジョニ特有の変則オープン・チューニング(通称ジョニ・コード)によるギター・ヴォイシングが極致に達している1曲。ルート音がドローン(持続音)として鳴り続ける中、メジャーともマイナーともつかない和音が揺れ動き、明確な解決を避けたまま進行している。果てしなく続くハイウェイの景色や、空を飛ぶアメリア・イアハートの孤独感が、この「解決しない浮遊感」によって見事に映像化されている。
2. ノラ・ジョーンズ / Nightingale / Come Away With Me / 2001年
ジョニが描く「広大な空間」に対し、ノラは「親密な室内空間」で和声を紡いでいるような感じ。彼女自身のペンによるこの曲は、カントリーやフォークの素朴な骨格を持ちながらも、要所でメジャーセブンスなどのジャズのテンション・ノートが極めて自然に配置されている。複雑さを排した「引き算の美学」によるピアノ・ヴォイシングが、窓から差し込む光や木の床の温もりを感じさせる、手の届く距離の景色を描き出している気がする。
3. ジョニ・ミッチェル / Goodbye Pork Pie Hat / Mingus / 1978年
チャールズ・ミンガスの名曲に独自の歌詞をつけて歌った歴史的セッション。ハービー・ハンコック(p)、ウェイン・ショーター(ss)、ジャコ・パストリアス(b)という巨人たちを相手に、ジョニは単なる「伴奏に乗るシンガー」ではなく、完全に「フロントの管楽器(インプロヴァイザー)」として渡り合っている。彼女の音楽的身体能力の高さが窺える。
4. ノラ・ジョーンズ / Peace / Day Breaks / 2015〜2016年
ホレス・シルヴァーの名曲でウェイン・ショーター(ss)をフィーチャーした1曲。ジョニのアプローチとは対照的に、ノラはミニマルでアーシーなバッキングに徹し、ショーターを自らの語りの世界へ招き入れる「ホスト」として機能している。ここで特筆すべきは、ドラムスを務めるブライアン・ブレイドの存在です。ショーターの長年のレギュラー・ドラマーであり、同時にノラのデビュー作からそのサウンドを支え続けてきたブレイドのオーガニックなタイム感が、二人の異なる音楽性を繋ぐ決定的な接着剤となっている。(※なおブレイドはジョニのアルバム『Travelogue』等にも参加。3者の世界を知り尽くす稀有な存在である)
5. ハービー・ハンコック feat. ノラ・ジョーンズ / Court and Spark / River: The Joni Letters / 2007年
プレイリストの締めくくりは、巨匠ハービー・ハンコックによるジョニ・ミッチェルへのトリビュート・アルバムから。ノラ・ジョーンズが、ウェイン・ショーターら最高峰の布陣をバックにジョニの代表曲を歌うという企画がすごい。ノラはかつてジョニについて「彼女のフレージングや詩の深さはあまりに独自で、他人が歌うのは本当に難しい」とその圧倒的な個性に深い畏敬の念を語っている。ここでのノラは、ジョニのスタイルを模倣するのではなく、原曲の複雑な情景を自身の「吐息のような距離感」へと見事に引き寄せ、新たな景色として再構築している。
厳選!YouTube
ヴェロニカ・スウィフトの圧倒的パフォーマンス!
エメット・コーエン・トリオ feat. ヴェロニカ・スウィフト、ブラッド・メルドー、ティム・リース
今回は、エメット・コーエン主催の人気ライブ配信『Emmet’s Place』から、とてつもない熱量を放つ神回をご紹介したい。主役はヴォーカリストのヴェロニカ・スウィフト。彼女の歌声を聴いた瞬間、その器楽的で瞬発力のある圧倒的な歌唱力とリズム感に一発で虜になってしまった。彼女自身がレッド・ツェッペリンの大ファンであるという点も、シンパシーを感じる。
驚きはそれだけではない。これほど変幻自在で複雑な展開の中、ベーシストのヤスシ・ナカムラは一切譜面を見ていない。実は彼は、譜面を一度見れば画像として脳内に焼き付けることができる「写真記憶(フォトグラフィック・メモリー)」の持ち主とも言われており、その異次元の能力がこの極限のアンサンブルを根底から支えているのだ。さらに、サプライズで飛び入り参加する天下のジャズピアニスト、ブラッド・メルドーの気さくなサービス精神には、ただ頭が下がる思いがするし、ティム・リースのサックスも実に素晴らしい。ジャンルの壁を軽々と超えていく奇跡のようなセッション。こんな驚異的なライブパフォーマンスを、いつか生で体感してみたいと心から思わせる必見の映像である。2時間近い映像であるが、あっという間である。
