Monthly Playlist 2026.8
「So Near, So Far」という曲が好きすぎて・・・
幻の西海岸セッションから紐解く、名曲の真のポテンシャル
マイルス・デイヴィスの「So Near, So Far」と言えば、『Seven Steps to Heaven』収録の若きハービー・ハンコックとトニー・ウィリアムスによる録音が有名です。しかし実はその約1ヶ月前、全く異なるリズムセクションで録音された幻のテイク(『Directions』収録)が存在します。ピアノはヴィクター・フェルドマン、ドラムはフランク・バトラー。当時の西海岸最高峰の二人が生み出した推進力とソロの掛け合いは、心地よい緊張感を放っています。今回バトラーのドラムに注意して聴き直しましたが、オーソドックスな中にも西海岸特有の洗練されたリズムワークが光り、粒立ちの良いクリアなシンバル・レガート、しなやかで推進力のあるビートが実に心地よいですね。フェルドマンがツアー同行を断ったため、マイルスは新鋭のハンコックらを起用。あえて制約を外し、若手に空間を委ねた結果が、あの落ち着いたマスターテイクとなったようです。
今回は、この歴史的名演から、市原ひかりやジョーイ・デフランセスコなどによる多角的な解釈までをご紹介します。
1. Miles Davis / So Near, So Far / Directions / 1963年4月16日
マイルスが西海岸で録音した幻のテイク。ヴィクター・フェルドマンのパーカッシブなピアノと、フランク・バトラーの推進力あふれる精緻なスティックワークが、この曲が本来持つスリリングな緊張感とテンポの良さを見事に引き出しています。ワンコーラス内で楽器が切り替わるソロ構成も秀逸です。ジョージ・コールマンのソロもこちらの方が味わい深い。
2. Miles Davis / So Near, So Far / Seven Steps to Heaven / 1963年5月14日
後に「黄金のクインテット」となる若きハービー・ハンコックとトニー・ウィリアムスを迎えた有名なマスターテイク。『Directions』版の緻密なアレンジを取り払い、若手ならではのモーダルな空間解釈に委ねたことで、非常に落ち着いた大人の表情を見せる演奏になっています。
3. Joe Henderson / So Near, So Far / So Near, So Far (Musings for Miles) / 1992年10月12〜14日
マイルスへのトリビュートとして制作されたグラミー賞受賞作。ジョン・スコフィールド、デイヴ・ホランド、アル・フォスターという強力な布陣による演奏で、原曲のフォームを現代的かつ浮遊感のあるアプローチで見事に再解釈した大名演です。
4. 市原ひかり / So Near, So Far / Precioso / 2012年
佐藤浩一のピアノとの濃密なデュオ演奏。トランペットとピアノのみというシンプルな編成でありながら、予定調和を排した即興の緊張感とインタープレイは、どこか『Directions』版が持っていたスリリングな匂いに通じるものがあります。
5. Joey DeFrancesco / So Near, So Far / Project Freedom / 2017年
B-3オルガン奏者ジョーイ・デフランセスコによる、グルーヴィーなアプローチ。トロイ・ロバーツのテナーサックスをフィーチャーし、マイルスの伝統を受け継ぎながらも、独自の解釈で新たな魅力を提示しています。
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現代の鬼才ルイス・コールと恩師が魅せる驚異的クロスオーバー
KNOWER & WDR BIG BAND “Around”
私が最近、最も気になっているアーティスト、ルイス・コール。彼が創り出す独自のリズム、メロディ、そして精緻なハーモニーは、ジャンルの壁を越えて私の心に深く染みわたります。今回ご紹介する映像は、彼とボーカルのジェネヴィーヴ・アルタディによるユニット「KNOWER」が、ドイツの名門WDRビッグバンドと共演した「Around」です。
映像から伝わるルイスの圧倒的なポテンシャルの高さもさることながら、この共演には胸を熱くする背景があります。WDRの指揮を執るテナーサックスの巨匠ボブ・ミンツァーは、実は南カリフォルニア大学(USC)時代のルイスの恩師なのです。当初「この複雑なブラス・アンサンブルまでルイスが作ったのか!」と驚嘆しましたが、これはミンツァーの見事な職人技によるもの。ルイスの打ち込んだシンセベースや変則的なビートを、恩師が伝統的なビッグバンドの重厚な言語へと完璧に翻訳・再構築しています。
総勢約20名のフルバンドの音圧を全く寄せ付けず、タイトで推進力のあるドラミングでアンサンブル全体を牽引していくルイスの姿は圧巻です。師弟の信頼関係が生み出した、エレクトロ・ポップとジャズ・オーケストレーションの最高峰の融合をぜひ体感してください。
