奇跡のセッションに潜む謎:スタン・ゲッツは若きハービー・ハンコックを嫌っていたのか?
Bob Brookmeyer ボブ・ブルックマイヤー / Bob Brookmeyer & Friends

ついこの間まで、こんなすごいアルバムがあることを全く知らなかった。何より、メンバー構成が驚きなのである。メンバー構成というか、組み合わせの意外さである。例えば、スタン・ゲッツとハンコック、ゲイリー・バートンとハンコックといった組み合わせ!。なんとチック・コリアより先にしっかり共演しているではないか!他にも、日本で発売されたアルバムには、何んとトニー・ベネットがハンコックやエルビン、ロン・カーターというリズム陣を従えて歌っているではないか。凄すぎるのである。おまけにアルバムとしての仕上がりも良く、とても聴きやすい。まさに「極め付けの名盤!」である。今回はこのアルバムの成り立ちやエピソードを中心にご紹介する。
異色の顔合わせと、その奥底にある高い親和性
1964年5月に録音された本作は、バップからクール、そしてボサノヴァ・ブームの頂点にいたフロント陣(ブルックマイヤー、ゲッツ)と、マイルス・デイヴィスやジョン・コルトレーンの元で新主流派〜フリーの最前線を切り拓いていた若きリズム隊(ハービー・ハンコック、ロン・カーター、エルヴィン・ジョーンズ)という、一見すると意外な顔合わせによって実現した。
しかし、ブルックマイヤーやゲッツらが体現するクール・ジャズのイディオムは、マイルスやハンコックの音楽とも極めて親和性が高い。プロデューサーのテオ・マセロによるレーベルの枠を超えたオールスター企画であったが、スタジオ内には独特の緊張感が漂っていたという。のちの再発盤でゲイリー・バートンが明かしたところによると、自作曲を中心に録音したいリーダーのブルックマイヤーに対し、テオ・マセロはゲッツの大衆的人気を利用すべく「全曲スタンダードにすべきだ」と主張し対立した。そんな状況下で、若きリズム隊は前衛的なアプローチをコントロールし、驚くほど「礼儀正しく、丁寧な(polite, careful)」演奏に徹している。特にハンコックの一歩引いた知的で美しいコンピングは、クールなフロント陣との親和性の高さを証明し、アルバム全体に上質な聴きやすさをもたらしている。
スタン・ゲッツとハンコック、空白の共演史の謎
1960年代後半のゲッツといえばチック・コリアとの親密な共演(『Sweet Rain』など)が有名であり、ハンコックとの共演はこのアルバムくらいしか見当たらない。ここから「ゲッツはハンコックのバッキングが嫌いだったのではないか?」という疑問が浮かび上がる。しかし歴史を紐解くと、1966年の『Voices』(クラウス・オガーマン編曲)のセッションにおいて、ゲッツは再びハンコックをリズム隊の要として起用している。ゲッツはハンコックの知的で繊細なピアノを確固たる信頼のもとで評価していたのだ。
ピアニストの視点から見れば、エモーショナルでありながら極めて理知的で繊細な二人の音楽性は、実はチック・コリア以上に本質的な相性の良さを秘めていると感じられる。それにも関わらず、80年代以降の円熟期を含めて二人の共演が極端に少ないのは、不仲ゆえではない。60年代のハンコックがマイルス・バンドの活動にガッチリと拘束されていたという物理的な制約に加え、その後ハンコックがエレクトロニックや多ジャンルへと自身の宇宙を拡大していったこと。そして何より、晩年のゲッツがアコースティック・ジャズの表現を極める過程で、ケニー・バロンという自身の美学を完璧に体現する「究極のソウルメイト」に出会ってしまったことが最大の要因だろう。
お蔵入りとなっていたトニー・ベネットの幻のテイク
本作の特筆すべきエピソードとして、ボーナストラックに収録されているトニー・ベネットの「Day Dream」への飛び入り参加がある。当時、同じコロムビア・スタジオでゲッツとの共同プロジェクトを模索していたベネットがふらりと現場に立ち寄り、なんとエルヴィン・ジョーンズの重厚なドラムとハンコックのピアノをバックに1テイクだけ歌い上げたのだ。
しかし、この歴史的な録音は、テオ・マセロの判断や契約上の問題からオリジナルLPには収録されず、長らくコロムビアの地下倉庫に眠ることとなった。この幻のテイクが陽の目を見たのは、なんと録音から40年以上が経過した2005年のCD再発時のことである。
おわりに
「スタン・ゲッツは若きハービー・ハンコックを嫌っていたのか?」という問いへの答えは、明確な「否」である。そこにあったのは、時代の制約と、それぞれの音楽的探求の道のりが交差した一瞬の、しかし極めて知的なスパークであった。もし、二人が80年代の円熟期にアコースティックのデュオやカルテットでじっくりとアルバムを作っていたら……そんな「あり得たかもしれないジャズ史」のロマンに思いを馳せずにはいられない、比類なき名盤である。
アルバム情報
- 録音年:1964年5月
- レーベル:Columbia
- パーソネル:
- Bob Brookmeyer (v-tb)
- Stan Getz (ts)
- Gary Burton (vib)
- Herbie Hancock (p)
- Ron Carter (b)
- Elvin Jones (ds)
- Tony Bennett (vo – Bonus Trackのみ)
- 収録曲:
- Jive Hoot
- Misty
- The Wrinkle
- Bracket
- Skylark
- Sometime Ago
- I’ve Grown Accustomed to Her Face
- Who Cares
- Day Dream (Bonus Track)
関連動画
Jive Hoot
