Monthly Playlist 2026.5
アントニオ・カルロス・ジョビンの「解釈」を巡る旅
世界的邂逅、愛と敬意、そして現代への継承
アントニオ・カルロス・ジョビン。彼が残した楽曲は、ジャズやポピュラー音楽の歴史において、最も多くのミュージシャンに愛され、カバーされ続けてきました。ジョビン本人は、自身の楽曲が他者によって解釈され、時にアレンジを変えられることに対して、どのような思いを抱いていたのでしょうか。
今月の「渾身のプレイリスト」は、ジョビンの楽曲が他のアーティストたちによってどのように演奏され、評価されてきたかという視点で選曲しました。アメリカでの大成功を決定づけた歴史的セッションから、憧れのスターとの共演、母国ブラジルのミューズたちとの魂の交流、そして現代の音楽家たちによる「静寂」の継承と「知性」による再構築まで。演奏者たちのジョビンへの深い愛と、独自の解釈が織りなす「ジョビンを巡る物語」をお楽しみください。
1.Stan Getz & João Gilberto / The Girl From Ipanema / Getz/Gilberto / 1963年3月
ボサノヴァが世界の「スタンダード」となった歴史的瞬間です。アストラッド・ジルベルトの無垢な歌声とゲッツの艶やかなテナーが、ジョビンの洗練されたコード進行の上で完璧なコントラストを描いています。ジョビン自身もピアノで参加しており、アメリカ主導のマーケットで自身の音楽がどう響くかを決定づけた記念碑的トラックです。
2.Stan Getz & João Gilberto / Corcovado (Quiet Nights of Quiet Stars) / Getz/Gilberto / 1963年3月
同じく歴史的名盤から。ジョアン・ジルベルトのささやくような歌声とゲッツの抑制されたプレイ、そして何よりジョビン自身の寄り添うようなピアノのバッキングが美しい一曲。「静寂」というボサノヴァの美学を世界に知らしめました。
3.Frank Sinatra / Dindi / Francis Albert Sinatra & Antonio Carlos Jobim / 1967年1月
ジョビンが自身の曲の録音で、最も歓び、生涯の誇りにしていたとされるシナトラとの共演盤。クラウス・オガーマンの美しいアレンジに乗せ、アメリカのアイコンであるシナトラが最大限の敬意を払い、ジョビンの美学に寄り添って静かに歌い上げています。
4.Elis Regina & Antonio Carlos Jobim / Águas de Março / Elis & Tom / 1974年2-3月
ブラジル最高のシンガー、エリス・レジーナとの奇跡のデュエット。録音当初はアレンジを巡る激しい衝突があったものの、それを乗り越えて生まれたこのグルーヴと二人の笑顔は、ジョビンの楽曲が持つ生命力とアーティスト同士の化学反応の極致と言えます。
5.Gal Costa / Se Todos Fossem Iguais A Você / Gal Canta Tom Jobim / 1999年
私の愛するディーヴァ、ガル・コスタ。ジョビンは彼女の濁りのないクリスタル・ヴォイスと完璧な音程を深く愛し、「ガルの声はブラジルの楽器のようだ」とその透明感を絶賛していました。かつてジョビンは、彼女が自身の曲を歌う際、メロディの核心を突くその姿を「最高のミューズ」と呼び、絶大な信頼を寄せていたのです。没後に捧げられたこのライブ演奏には、その深い絆が刻まれています。
6.Ryuichi Sakamoto / As Praias Desertas / Casa / 2001年
ジョビンの没後、彼の自邸で愛用のピアノを弾いて録音されたプロジェクト。ジャズ的な装飾を削ぎ落とし、ジョビンが持っていたフランス近代音楽にも通じる「和声の響き」と「静寂」そのものを抽出したような、儀式的で美しい継承の形です。
7.Brad Mehldau / Wave / Mother Nature’s Son / Largo / 2002年
現代最高峰のジャズ・ピアニスト、ブラッド・メルドーがジョビンの大定番曲とビートルズをシームレスに繋いだトラック。原曲のハーモニーを独自の感覚で知的に解体しつつ、メロディの構造美を際立たせるアプローチは、ジョビンの曲が持つ強靭な骨格を証明しています。
厳選!YouTube
理想のインプロヴィゼーションが宿る至高の「対話」
Glenn Zaleski & Melissa Aldana Duo “Nobody Else But Me”
ジェローム・カーンの遺作であり、洗練された転調と和声の美しさを持つ名曲「Nobody Else But Me」。この曲をグレン・ザレスキとメリッサ・アルダナがデュオで奏でるこの動画には、私が考える「理想のインプロヴィゼーション」の姿が記録されています。
二人ともジャズの伝統に深く根ざしたプレイでありながら、互いの音に深く耳を澄まし、相手への深いリスペクトを持って寄り添っています。その相互作用は非常に奥ゆかしく、素晴らしいの一言に尽きます。普段は求心的なプレイが魅力のメリッサですが、こうしたリラックスした環境での演奏には、彼女本来の豊かなトーンと、歌い上げる「間」の取り方が際立ち、格別の良さがあると思います。また、彼女のラインに対して決して出しゃばらず、それでいて絶妙なタイミングで和声的な広がりと推進力をもたらすグレンのバッキングも見事です。
誤魔化しのきかないデュオという編成だからこそ立ち現れる、二人の深い信頼関係と音楽的な対話を、ぜひじっくりと味わってみてください。
