孤独な修練と「歌」への執着〜ソニー・ロリンズが『橋』に刻んだ翳りの正体
Sonny Rollins ソニー・ロリンズ The Bridge

ロリンズが逝ってしまった。
わが最愛のアイドルである。彼の音楽にどれだけ勇気づけられてきたか計り知れない。史上最高のインプロバイザーであるロリンズが歩んだ軌跡や数度にわたる隠遁の裏に何があったのかなど、彼の音楽人生を改めて振り返ってみたい。
この「橋」という象徴的なタイトルのアルバムを聴くといつも思うのは、復帰後の吹っ切れたロリンズという印象ではなく、どこか、寂しさというか翳りのトーン、匂いが全体に亘って覆っているように感じてしまうのは私だけなのであろうか?
正直、私はこの「橋」以降のRCA時代やインパルス時代のロリンズがたまらなく好きなのである。60年代のロリンズについて、彼が自ら語った言葉などを通して、今一度考えてみたい。
レーベルの思惑と、完璧主義ゆえの深い葛藤
1961年、RCAビクターは破格の契約金でロリンズを迎え入れた。レーベル側が期待していたのは、飛ぶ鳥を落とす勢いだったマイルスやコルトレーンに対抗しうる「ジャズ界の王者の帰還」という派手なポピュラリティであり、わかりやすい革新性だったはずだ。しかし、同時代に迷いなくフリーへと突き進んだコルトレーンの直線性とは対照的に、復帰後のロリンズの展開はどこか曖昧で内省的であった。「誰もがフリーを演奏していて、私もそれに向き合わなければならないと感じていた。しかし、それは必ずしも自分にとって自然なことではなかった」という彼自身の言葉が示す通り、彼は時代が要求する前衛と、本来のメロディックな自分との間で引き裂かれていたのではなかろうか。極めて自意識が高く完璧主義者であった彼は、「頭の中では吹きたい完璧な音が鳴っているのに、それが楽器からその通りに出てくることは稀なんだ」と、生涯にわたり理想と現実のギャップに苦しんでいた。彼がヨガや東洋哲学に深く傾倒したのは、単なる健康法ではなく、自己のノイズを消し去り純粋なインプロビゼーションの極致に至るための、切実な救済措置だったに違いない。60年代末にはついにインドのアシュラムへ出家してしまうほどの深い精神的彷徨。その孤独な苦悩こそが、私が『橋』の全体から感じ取っていた「寂寥感」や「翳り」の正体だったという気がする。
ジム・ホールがもたらした「空間」と手放せなかった「歌」
このアルバムの寂しげなトーンを決定づけているもう一つの要素が、ジム・ホールの存在だ。和音に自分のラインが縛られることを嫌ったロリンズは、ピアノを外し、空間を埋め尽くさない知的なサポートとして彼を選んだ。ジム・ホールが後に「彼は私に、信じられないほどの『スペース(空間)』を与えてくれた」と語っているように、この意図的に作られた「隙間」こそが、ロリンズの孤独なサックスの響きをより一層際立たせるカンヴァスとして機能しているのだ。そして何より象徴的なのが、復帰第一声として彼が「Without A Song」を選んだことである。「歌がなければ、一日は決して終わらない。歌がなければ、人は友を持てない」という歌詞の通り、橋の上での孤独な修練において、己のサックス(=歌)だけが彼の唯一の友だった。周囲が和音や既存の枠組みを破壊しフリージャズへと熱狂していく中で、彼は「メロディ(歌)」を決して手放すことができなかった。歌を感じさせない演奏はどうしてもできなかったのだと思う。その時代との強烈なジレンマの中で、苦しみながらも搾り出された彼の即興だからこそ、たまらなく人間臭く、私の胸を激しく打つのである。
おわりに
復帰後のロリンズに起きた変化とは、単なる奏法の進化ではなく、究極の自己探求がもたらした「精神の深化と葛藤の表出」であった。時代に抗い、完璧を目指して彷徨いながらも、最後まで「歌」を愛し抜いた不世出のサックス・ジャイアント。その人間としての迷いや苦しみがそのまま音に刻まれているからこそ、ジャズはこれほどまでに美しく、私たちの魂を揺さぶり続けるのではないだろうか。
アルバム情報
- パーソネル:
- ソニー・ロリンズ (Sonny Rollins) – テナーサックス
- ジム・ホール (Jim Hall) – ギター
- ボブ・クランショウ (Bob Cranshaw) – ベース
- ベン・ライリー (Ben Riley) – ドラムス
- ハリー・T・サンダース (Harry T. Saunders) – ドラムス (Track 5のみ)
- 録音年: 1962年1月〜2月
- レーベル: RCA Victor
- 収録曲:
- Without a Song
- Where Are You?
- John S.
- The Bridge
- God Bless the Child
- You Do Something to Me
関連動画
Sonny Rollins – Without A Song
