40年の時を経て解き放たれた「沈黙と傾聴」の美学。ミック・グッドリックとフレッド・ハーシュ、そしてカーディナスへ繋がる系譜
Mick Goodrick & Fred Hersch / Feebles, Fables and Fern

こんな素晴らしい録音が、なぜこれまでECMに眠っていたのか!
1988年に録音されたミック・グッドリックとフレッド・ハーシュの幻のデュオ音源『Feebles, Fables and Ferns』がついに陽の目を見た。ジャズギター界の「絶対的グル」と、繊細極まりないピアニストによる対話は、現代にあって過激なまでの新鮮さを放っている。
本稿では、なぜ今発売になったのか、彼らのデュオの素晴らしさとは何かを深掘りする。さらに、私が彼らの演奏に共通した「匂い」を感じるスティーブ・カーディナスの音楽性にも触れ、ストイックで外連味のない「空間の職人」たちの本質を探っていきたい。
抑制と互いへの注意力が育む、空間表現の正体
- 1988年録音の幻のデュオ音源が、約40年の時を経て現代にリリースされた理由とその真価。
- ソロの交換ではなく、空間を空け、ラインを絡ませる独自のアンサンブルの素晴らしさ。
- グッドリックからカーディナスへ受け継がれる「沈黙や余白」の美学と、共通の匂いの正体。
幻の音源が今、提示する「傾聴」の大切さ
なぜ今まで眠っていたのか。このセッションは1988年8月、当時ボストンのジャズシーンで活躍していた二人が、ハーシュの招きによりニューヨークのスタジオで実現した唯一の録音記録であるそうだ。長らく未発表であった本作だが、このアルバムのデュオの素晴らしさは何かと問われれば、まさにこの二人から生まれる研ぎ澄まされた交歓のあり様にある。ECM公式の解説にも「これは『抑制』と『互いへの注意力』のレコードだ」と明記されている。二人は伝統的な意味でのソロの交換(トレード)を行わず、一方が前に出た瞬間にもう一方が本能的に空間を空け、ラインを上下に絡み合わせるように独自の対話を紡いでいる。フレッド・ハーシュは本作を振り返り、「私にとってのハイライトは、アンサンブルのレベルの高さだ」、そして「ミックはとても控えめな男だった」と語っていることも面白い。
空間の職人たちに共通する「匂い」の正体
このアルバムを聴いていて、なぜかスティーブ・カーディナスのギターを思い出してしまった。グッドリックとカーディナスのサウンドに同じ匂いを感じてしまう。グッドリックは、バークリー音楽大学などで50年以上にわたり教鞭をとり、ビル・フリゼール、ジョン・スコフィールド、マイク・スターンら数え切れないほどの即興演奏家を育て上げた「ジャズギター界の絶対的グル」である。メセニー自身がダウンビート誌でグッドリックのソロ(「Coral」)を採譜して紹介したこともあるほど、深いリスペクトを寄せている。一方、スティーブ・カーディナスは最近のインタビューで、「高校最後の年にゲイリー・バートンのアルバム『Dreams So Real』を聴いたのが最初の体験だった。そこにはグッドリックとメセニーのギターがフィーチャーされており、深い感銘を受けた」と語っている。カーディナスの音楽の根底には、グッドリックの和声感覚と空間表現が原体験として強く根付いているからではないかと思うのである。
レガシーの継承とフロントマンとの対比
2022年にニューヨークで開催された「Alternative Guitar Summit 2022: Honoring Mick Goodrick」では、ジュリアン・ラージ、ウォルフガング・ムースピール、ビル・フリゼールらと共に、スティーブ・カーディナスもライブパフォーマーとして名を連ねている。彼は名実ともにグッドリックの「音を詰め込まず、空間を聴く」というストイックなレガシーを受け継ぐ正当な後継者の一人として位置づけられている。
メセニーやスコフィールドが、強烈な個性とドライブ感で時代を牽引する「フロントマン」としての道を歩んだのに対し、グッドリックやカーディナスは、共演者の音を深く傾聴し、沈黙や余白を音楽の一部として扱う「空間の職人・求道者」としての立ち位置を確立したのではないかと思うのである。
おわりに
私自身もスタンダード曲を自身のライブセットリストの核として演奏する中で、本作における『Falling Grace』や『Out of Nowhere』などの解釈に見られるような、本能的に空間を空け、互いのラインを傾聴する姿勢を常に追い求めている。約40年の時を経て届けられた本作は、単なるアーカイブの発掘ではない。「音を詰め込まないこと」「相手を聴くこと」が、いかに豊かな音楽空間を創り出すかを証明する、極めて現代的なメッセージである。空間の求道者たちが紡ぐストイックな「沈黙の音」に、ぜひ耳を傾けてみてほしい。
アルバム情報
- パーソネル:Mick Goodrick (Guitar), Fred Hersch (Piano)
- 録音:1988年8月
- レーベル:ECM Records
- 収録曲:
- Feebles, Fables and Ferns
- Falling Grace
- Away 10 / Amazing
- Five Excursions
- Out of Nowhere
- Heartsong
- Soul Eyes
