現代ラージアンサンブルの分岐点〜狭間美帆『Frames』とマリア・シュナイダーが見る風景〜

Miho Hazama / 狭間美帆 / Frames

世界的な評価を集め続ける狭間美帆のアルバム『Frames』に、じっくりと耳を傾けてみた。緻密なスコアと「当て書き」によってソリストの個性を極限まで引き出す本作からは、伝統的なジャズ語法と強烈なブラスの熱量が感じられる。しかし、同じ系譜に連なるマリア・シュナイダーの作品が持つアンビエントな「没入感」とは明確な違いがあるのも事実だ。なぜ同じ水脈から全く異なる風景が描かれるのか。本作が純然たる伝統的フル・ビッグバンド「デンマーク・ラジオ・ビッグバンド」との共演作であるという背景や、両者の音楽的アプローチの違いを比較しつつ、この作品が持つ真の姿を紐解いてみたいと思う。

異なる二つの「没入感」

Zawinul : 博士、今回は狭間美帆の『Frames』を取り上げたいと思います。ソリストの個性を極限まで引き出す「当て書き」の妙が光っていて、非常に緻密に構成された音楽だと感じました。
三昧博士: うむ。彼女の「理知的でありながら、確かな重さとグルーヴを持つ」という持ち味が存分に発揮された作品だね。
Z: ただ、少し不思議に思ったことがあります。私が愛聴しているマリア・シュナイダーの『The Thompson Fields』を聴いた時のような、あの映画の中にいるような「圧倒的な没入感」とは少し手触りが違うのです。
三: 非常に鋭い感覚だ。マリアと狭間は、ギル・エヴァンスから連なる「音色のブレンドを重視する」という同じ系譜を持っている。しかし、アプローチの方向性が全く異なるのだよ。
Z: と言いますと?
三: マリアは伝統的な枠組みを解体し、和声の動きを遅くしてアンビエントのような「物語性」へと飛翔した。対して狭間は、ビバップから続くジャズの躍動感やコードチェンジの推進力を「深化」させる道を選んだんだ。

「ニューハード」の熱量と編成の秘密

Z: なるほど。だからアルバム冒頭の「And the Door Unsealed」を聴いた時、かつての「宮間利之とニューハード」の過激でアグレッシブなブラス・アンサンブルがよぎったのですね。都会的で鋭いサウンドだと感じます。
三: その「ニューハード」を引き合いに出したのは核心を突いているね。実は今回の『Frames』は、弦楽器を含む彼女のパーソナルなバンド「m_unit」の作品ではないからだよ。
Z: え、そうなんですか?てっきり「ヴィブラフォンやストリングス」を使った室内楽的な編成だと思っていました。
三: そうだ。本作は、彼女が首席指揮者を務める「デンマーク・ラジオ・ビッグバンド(DRBB)」という、純然たる伝統的フル・ビッグバンドとの共演作なのだ。過去にサド・ジョーンズやボブ・ブルックマイヤーも指揮台に立ったヨーロッパ屈指の名門だよ。
Z: そういうことだったのですね!あの分厚くソリッドな金管楽器の音圧の正体は、その編成にあったのですね。

受け継がれるビッグバンドの王道

三: その通りだ。彼女はニューヨークで「m_unit」として自身の世界観を追求しつつ、ヨーロッパでは「DRBB」のトップとしてビッグバンドの王道を次世代へアップデートしている。本作はその「名門の筋肉」をフルに活用した作品と言える。
Z: 腑に落ちました。私が感じた「伝統的なジャズ語法へのリスペクト」や「圧倒的な熱量」は、由緒あるフル・ビッグバンドのタクトを振るという彼女のもう一つの顔から来ていたわけですね。
三: 同じラージアンサンブルでも、音楽家が持つバックボーンや、どのキャンバス(編成)に絵を描くかによって見えてくる風景は全く異なるんだよ。
Zawinul Asa: マリア・シュナイダーが描く風景も魅力的ですが、王道のど真ん中で指揮棒を振り、緻密なスコアと強烈なスウィングを両立させる狭間美帆の凄みがとてもよく理解できました。博士、今日も的確な解説をありがとうございます。

おわりに

先入観を持たずに自分の耳で聴き、感じた疑問を掘り下げていくと、作品の裏側にある壮大なストーリーや、アーティストの現在地が見えてくる。同じ系譜を持ちながらも、伝統を解体し飛翔するマリア・シュナイダーと、王道を継承し深化させる狭間美帆。皆様もぜひ、秋の夜長に『Frames』の緻密で熱いアンサンブルに身を委ね、彼女が名門ビッグバンドと共に切り取った新たな風景を体感してみてはいかがだろうか。

アルバム情報

  • パーソネル:
    • 指揮・作曲: 狭間美帆
    • デンマーク・ラジオ・ビッグバンド (Danish Radio Big Band):
      • 木管楽器: Peter Fuglsang, Nicolai Schultz, Hans Ulrik, Karl-Martin Almqvist, Frederick Menzies
      • トランペット: Dave Vreuls, Ari Bragi Karason, Thomas Kjærgaard, Mads La Cour, Gidon Nunes Vaz
      • トロンボーン/テューバ: Peter Dahlgren, Petter Hängsel, Annette Saxe, Gustaf Wiklund
      • リズムセクション: Artur Tuźnik (Piano), Per Gade (Guitar), Kaspar Vadsholt (Bass), Søren Frost (Drums)
  • 録音年: 2026年(リリース年)
  • レーベル: Edition Records
  • 収録曲一覧:
    1. And the Door Unsealed
    2. Rondo
    3. LuLu
    4. The Pioneer’s Quest
    5. Aura II
    6. The First Notes

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